位置ズレ錯視の一つに、フラッシュラグ効果があります。フラッシュラグ効果では運動している物体に加えて、運動体と位置を揃える形で静止している物体(フラッシュ)が一瞬表れます。すると、運動体の位置はフラッシュよりも運動方向にズレて知覚されます。百聞は一見にしかずです。フラッシュラグ効果を体感してみましょう。
Flash-lag effect |
上図では左から魚が水平に泳いできます。魚が真ん中まで来たときに、その真下に同じ形状の魚が一つ現れます。上と下の魚は垂直方向に整列しています。
しかしどうでしょう。泳いでいる魚は泳いでいる方向へズレて見えないでしょうか?
Flash-lag effect |
現実に提示された視覚刺激(physical)と知覚(perceived)との関係は、上図のようになります。ではなぜフラッシュラグ効果は生じるのでしょうか?
フラッシュラグ効果を説明するために数多くの仮説が提案されています。それらの仮説を紹介するだけで一つの本になるほどですが、大別すると時間仮説と空間仮説に分けることができます。まずは時間仮説です。
Temporal model |
上図が時間仮説の概念図になります。図のAを見てください。時間t0で物体が提示されます。神経伝達によってこの視覚情報が脳に伝わるには少し時間がかかりますので、知覚はt1で生じるとしましょう。時間仮説では、複数の視覚オブジェクトがあった場合、各視覚オブジェクトを知覚するまでの時間が異なるとします。そして、その知覚するまでの時間はそれぞれの視覚オブジェクトの特性に依存するとします。
フラッシュラグ効果に時間仮説を適用した場合(B)、フラッシュよりも運動する物体を知覚するまでの時間が“短い”と仮定すれば、フラッシュラグ効果は説明できます。
Spatial model |
次に空間仮説です。上図がその概念図になります。この仮説でも、知覚されるまでの時間が問題になりますが、各オブジェクトでその時間差は問題にしません。物体の空間中の相対的な位置(あくまでも知覚する位置)が、物体の特性に応じて決定されるという立場をとります(図のA)。
フラッシュラグ効果に空間仮説を適用しましょう(図のB)。運動する物体の場合、神経伝達の特性上、どうしても知覚された位置と、知覚したときの現実の位置にはズレが生じてしまいます。すなわち、t0で得た位置情報をt1で知覚したときには、物体はすでにt1における位置にまで移動しているのです。空間仮説では、このズレが脳の情報処理で“補正(あるいは予測)”されているという立場を取ります。この予測には“脳が過去に体験した経験則”が使用されます。すなわち、「これくらいの速度で運動している物体は、現実にはこのあたりに存在しているだろう」という推量が運動体の位置の認知に使用されます。一方、フラッシュは運動していませんので補正(あるいは予測)される必要がありません。そのままの位置で知覚されます。空間仮説でも、フラッシュラグ効果は説明できます。
時間仮説と空間仮説。どちらが正しい仮説でしょうか?
最近私たちが発表したケバブ錯視は空間仮説を支持しています。と言いますのは、ケバブ錯視を構成するpre-cueとlineは、いずれも静止しているオブジェクトなので、仮に両者を知覚するまでの時間が異なったとしても、位置のズレは説明できないのです。
しかしながら私たちは、時間仮説も空間仮説も共存しているという立場を取っています。脳が情報の並列処理をしている限り、視覚オブジェクト間で情報処理の時間差が生じるのは必然です。ただケバブ錯視のような特殊な状況下では空間仮説が顔をだしてきます。この二つの仮説を融合した形のモデルを考える必要があるのではないでしょうか。
私たちの試案としては、デルタモデルがあります。このデルタモデルは、大脳の予測理論に基づいた仮説で、大脳の基本的な働きを予測であると考えから導かれました。
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