2010年10月20日水曜日

時間仮説と空間仮説

運動知覚が生じたとき、運動している物体(あるいは運動体の知覚にある物体)の位置が、実際の位置よりも運動方向に相対的にズレたように知覚されるときがあります。ここではこの錯視をまとめて位置ズレ錯視と呼びましょう。

 位置ズレ錯視と考えられる現象の一つに、フラッシュラグ効果があります。フラッシュラグ効果では運動している物体に加えて、運動体と位置を揃える形で静止している物体(フラッシュ)が一瞬表れます。すると、運動体の位置はフラッシュよりも運動方向にズレて知覚されます。百聞は一見にしかずです。フラッシュラグ効果を体感してみましょう。



Flash-lag effect

 上図では左から魚が泳いできます。これがフラッシュラグ効果の運動体です。魚が真ん中まで来たときに、下に同じ形状の魚が一つ現れます。これがフラッシュラグ効果ののフラッシュです。上と下の魚は垂直方向に整列させられています。





 どうでしょうか?泳いでいる魚は泳いでいる方向へズレて見えないでしょうか?もう少し泳ぐ速度を上げてみましょう。



Flash-lag effect
ズレはさらに大きくなったかもしれません。



Flash-lag effect

 現実に提示された視覚刺激(physical)と知覚(perceived)との関係は、上図のようになります。なぜフラッシュラグ効果は生じるのでしょうか?

 フラッシュラグ効果を説明するために数多くの仮説が提案されました。それらの仮説を紹介するだけで一つの本になるほどです。これらの仮説の分類方法もいろいろありますが、大別すると時間仮説と空間仮説に分けることができます。まずは時間仮説です。


Temporal model

 分かりにくい図で申し訳ありません。まずは上図が時間仮説の概念図になります。この仮説はフラッシュラグ効果を説明するだけのものではなく、視覚の情報処理全般に適用することができます。図のAを見てください。時間t0で物体が提示されます。神経伝達によってこの視覚情報が脳に伝わるには少し時間がかかりますので知覚はt1で生じるとしましょう。時間仮説では、複数の視覚オブジェクトがあった場合、各視覚オブジェクトを知覚するまでの時間が異なるとします。そしてその知覚するまでの時間はそれぞれの視覚オブジェクトの特性に依存するとします。

 フラッシュラグ効果に時間仮説を適用した場合(B)、フラッシュよりも運動する物体を知覚するまでの時間が“短い”と仮定すれば、フラッシュラグ効果は見事に説明できます。



Spatial model

 次に空間仮説です。またまた分かりにくい図で申し訳ありませんが、上図が空間仮説の概念図になります。空間仮説もフラッシュラグ効果を説明するだけのものではなく、視覚の情報処理全般に適用することができます。この仮説でも、知覚されるまでの時間が問題になりますが、各オブジェクトでその時間差は問題にしません。物体の空間中の相対的な位置(あくまでも知覚する位置)が、物体の特性に応じて決定されるという立場をとります(A)。

 フラッシュラグ効果に空間仮説を適用しましょう(B)。運動する物体の場合、神経伝達の特性上、どうしても知覚された位置と、知覚したときの現実の位置にはズレが生じてしまいます。すなわち、t0で得た位置情報をt1で知覚したときには、物体はすでにt1における位置にまで移動しているのです。空間仮説では、このズレが脳の情報処理で“補正(あるいは予測)”されているという立場を取ります。この予測には“脳が過去に体験した経験則”が使用されます。すなわち、「これくらいの速度で運動している物体は、現実にはこのあたりに存在しているだろう」という推量が運動体の位置の認知に使用されます。一方、フラッシュは運動していませんので補正(あるいは予測)される必要がありません。そのままの位置で知覚されます。空間仮説でも、フラッシュラグ効果は見事に説明できます。

 時間仮説と空間仮説。どちらが正しい仮説でしょうか?

 最近私たちが発表したケバブ錯視は空間仮説を支持しています。と言いますのは、ケバブ錯視を構成するPre-cueとLineは、いずれも静止しているオブジェクトなので、仮に両者を知覚するまでの時間が異なったとしても、位置のズレは説明できないのです。

 しかしながら私たちは、時間仮説も空間仮説も共存しているという立場を取っています。脳が情報の並列処理をしている限り、視覚オブジェクト間で情報処理の時間差が生じるのは必然です。ただケバブ錯視のような特殊な状況下では空間仮説が、ちょこっと顔をだしてきます。この二つの仮説を融合した形のモデルを考える必要があるのではないでしょうか。

 私たちの試案としては、デルタモデルがあります。

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