『中枢神経系の可塑性(1)』
渡辺が1986年から1992年にかけて村上富士夫教授の下で行った研究をご紹介します。神経系は大きく中枢神経系と末梢神経系に分けることができます。これら二つの神経系は大きく異なる特徴を持ちます。その特徴の一つが神経再生に見ることができます。
神経再生。
中枢神経系と末梢神経系とでは何が違うのでしょうか?
その差は歴然としています。末梢神経系は損傷を受けても再生することができますが、中枢神経系は全く再生することができないのです。交通事故などで不幸にも神経が切断されてしまうことがあります。もし脊髄などの中枢神経系が損傷を受けますと、再生することができませんので、根本的な治癒が望めなくなります。なぜ中枢神経系は再生することができないのでしょうか?
その原因の一つはオリゴデンドロサイトと呼ばれるグリア細胞にあると考えられています。オリゴデンドロサイトは、中枢神経系に特異的なグリア細胞です。オリゴデンドロサイトからはミエリンと呼ばれる薄いシート上の構造物が伸び出しており、このシートで神経軸索を何重にも巻くことで、軸索を部分的に絶縁しています。このミエリン鞘による部分的な絶縁によって、軸索内を伝搬する電気的活動を飛躍的に速めることができます。
中枢神経系の素早い情報伝達には欠かすことの出来ないオリゴデンドロサイトですが、私たちは、この絶縁機能とは別にミエリン鞘は、神経細胞の可塑性に重要な役割があることを見いだしました。すなわち、ミエリン鞘には神経突起が新たに成長することを抑制する活性があり、一旦完成した重要な神経回路を固定化しているようです。この抑制的活性は、高等脊椎動物の中枢神経系に特異的に見いだされており、末梢神経系にはありません。
ヒトは中枢神経系によって、言語などの非常に高度で複雑な機能を手に入れることができます。これらの高度な機能の多くは赤ちゃんの頃から大人になる過程で手に入れたものです。赤ちゃんの頃から英語の環境にいた人は英語をしゃべることができるでしょうし、日本語の環境にいた人は日本語をしゃべることができるでしょう。同じ中枢神経系ですが、全く異なる機能を手に入れることができるのです。オリゴデンドロサイトの抑制活性は、せっかく手に入れた高度な機能を固定することに役に立っていると思われます。逆に、学習する必要のない末梢神経には回路を固定するための抑制活性がないのでしょう。
再生できたほうが一見便利のように思えますが、その便利さを捨ててまでヒトの中枢神経系は高度な学習機能を手に入れたと考えられるのです。
【参考文献】
Kobayashi, H., Watanabe, E. and Murakami, F., Growth cones of dorsal root ganglion but not retina collapse and avoid oligodendrocytes in culture, Devlomental Biology 168, 383-394 (1995)
Watanabe, E., Hosokawa, H., Kobayashi, H. and Murakami, F., Low density, but not high density, C6 glioma cells support dorsal root ganglion and sympathetic ganglion neurite outgrowth, European Journal of Neuroscience 6, 1354-1361 (1994)
Watanabe, E. and Murakami, F., Cell attachment to and neurite outgrowth on tissue sections of developing, mature and lesioned brain, the role of inhibitory factor(s) in the CNS white matter, Neuroscience Research 8, 83-99 (1990)
Watanabe, E. and Murakami, F., Preferential adhesion of chick central neurons to the gray matter of the central nervous system, Neuroscience Letters 97, 69-74 (1989)
渡辺が1986年から1992年にかけて村上富士夫教授の下で行った研究をご紹介します。神経系は大きく中枢神経系と末梢神経系に分けることができます。これら二つの神経系は大きく異なる特徴を持ちます。その特徴の一つが神経再生に見ることができます。
神経再生。
中枢神経系と末梢神経系とでは何が違うのでしょうか?
その差は歴然としています。末梢神経系は損傷を受けても再生することができますが、中枢神経系は全く再生することができないのです。交通事故などで不幸にも神経が切断されてしまうことがあります。もし脊髄などの中枢神経系が損傷を受けますと、再生することができませんので、根本的な治癒が望めなくなります。なぜ中枢神経系は再生することができないのでしょうか?
その原因の一つはオリゴデンドロサイトと呼ばれるグリア細胞にあると考えられています。オリゴデンドロサイトは、中枢神経系に特異的なグリア細胞です。オリゴデンドロサイトからはミエリンと呼ばれる薄いシート上の構造物が伸び出しており、このシートで神経軸索を何重にも巻くことで、軸索を部分的に絶縁しています。このミエリン鞘による部分的な絶縁によって、軸索内を伝搬する電気的活動を飛躍的に速めることができます。
中枢神経系の素早い情報伝達には欠かすことの出来ないオリゴデンドロサイトですが、私たちは、この絶縁機能とは別にミエリン鞘は、神経細胞の可塑性に重要な役割があることを見いだしました。すなわち、ミエリン鞘には神経突起が新たに成長することを抑制する活性があり、一旦完成した重要な神経回路を固定化しているようです。この抑制的活性は、高等脊椎動物の中枢神経系に特異的に見いだされており、末梢神経系にはありません。
ヒトは中枢神経系によって、言語などの非常に高度で複雑な機能を手に入れることができます。これらの高度な機能の多くは赤ちゃんの頃から大人になる過程で手に入れたものです。赤ちゃんの頃から英語の環境にいた人は英語をしゃべることができるでしょうし、日本語の環境にいた人は日本語をしゃべることができるでしょう。同じ中枢神経系ですが、全く異なる機能を手に入れることができるのです。オリゴデンドロサイトの抑制活性は、せっかく手に入れた高度な機能を固定することに役に立っていると思われます。逆に、学習する必要のない末梢神経には回路を固定するための抑制活性がないのでしょう。
再生できたほうが一見便利のように思えますが、その便利さを捨ててまでヒトの中枢神経系は高度な学習機能を手に入れたと考えられるのです。
【参考文献】
Kobayashi, H., Watanabe, E. and Murakami, F., Growth cones of dorsal root ganglion but not retina collapse and avoid oligodendrocytes in culture, Devlomental Biology 168, 383-394 (1995)
Watanabe, E., Hosokawa, H., Kobayashi, H. and Murakami, F., Low density, but not high density, C6 glioma cells support dorsal root ganglion and sympathetic ganglion neurite outgrowth, European Journal of Neuroscience 6, 1354-1361 (1994)
Watanabe, E. and Murakami, F., Cell attachment to and neurite outgrowth on tissue sections of developing, mature and lesioned brain, the role of inhibitory factor(s) in the CNS white matter, Neuroscience Research 8, 83-99 (1990)
Watanabe, E. and Murakami, F., Preferential adhesion of chick central neurons to the gray matter of the central nervous system, Neuroscience Letters 97, 69-74 (1989)
GalCという分子をマーカーにして緑色に蛍光染色されたオリゴデンドロサイト。その周囲に神経の線維が走っているが、オリゴデンドロサイトの領域を避ける。オリゴデンドロサイトが強い抑制作用を持つことを示した証拠の一つ。
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